病む

この間、終電を逃し先輩の家へ帰る電車の中で隣の若い女の子たちがこんな会話をしていた。

A「コッコ好きな友達って病んでるよね」
B「えっ、私好きなんだけど」
A「あっ私も好きだけど、、でもそういうのない?」

こんな会話を大声でしていてその先輩と目が合い笑顔になってしまった。
この時、僕は「何を言ってんだか。」と最近の若い子の軽率な言葉くらいにしか考えてなかった。

その子たちが下北沢で降りると先輩は
「よくあんなこと簡単に話せるよな。自分が落ち込んだ時誰も助けてもらえないぞ。」と言った。
「そうですね。最近ああいう子多いですね。まあ、悪気があってじゃなくてファッションみたいに使ってるんでしょうね。」と何となく彼女たちを肯定した。何となくというより回りにそういった人間がいてその人たちが悪い人ばかりではなくていい人も多いからその言葉がでたと思う。
ただし、語意力の低下は自分の心を細分化し考える上で多大な影響を与えていると思う。
言葉はたくさんあって色んな物事を細かく分けるのに使っているからだ。これは何となくの俺の持論だ。


まあ、持論はおいといて、先輩の家に着くと部屋には黒猫がいた。
人のいい先輩はある人が拾った野良猫を引き取ったらしい。
一見冷たそうに見えるが本当の意味で優しいからその人が大好きだ。


その人は6畳の部屋を猫が遊べるよう棚などで高低差をつけたり、怪我をしないような工夫をしていた。
畳の床には猫を飼う為の本がいくつかおいてあった。
最初のうちは僕になつかなかった猫がなついたときはとても嬉しかった。


俺が猫を抱きその人がマットレスでクラシックを聞いてるときに
「病むとか簡単に使うなよな」とさっきの話をしてきた。
「そうですね」と僕が言うと
「Aはずっと家からでられないんだよね。」と言った。
俺はドッキとした。Aは共通の知り合いでその先輩と昔つき合っていた。
彼女は心の病気で何年か前から家から出られずにいる。ここ一年は家から一歩も出られずにいるらしい。
「そうなんすね。」と僕はそれ以上は何も言えなかった。
「俺、意外と一途なんだよね」とその人は言った。


色んな思いもあったが、一番は知り合って4年間そんなプライベートな事を言ってくれた事がなかったから嬉しかった。


結局その夜は猫が一晩中部屋で暴れてほとんど寝れなかった。



明くる日職場の仲間と「病む」って何だろうってことを話し合った。
それはまたの機会に話す。